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東洋最強V、柏原だけじゃない/箱根駅伝

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メダルを手にする双子の兄設楽啓太(左)と弟の悠太(撮影・たえ見朱実)
メダルを手にする双子の兄設楽啓太(左)と弟の悠太(撮影・たえ見朱実)

<第88回箱根駅伝>◇3日◇復路◇箱根-東京(5区間109・9キロ)

 柏原だけじゃない、箱根史上最強のツインズもいた! 東洋大が10時間51分36秒の驚異的な新記録で、2年ぶり3度目の総合優勝を果たした。7区で設楽兄弟の弟悠太(2年)が、前日2区で早大を逆転した兄啓太(2年)に負けじと、1時間2分32秒の区間新記録の快走。08年の佐藤悠基(東海大)の区間記録を3秒更新した。復路5区間中4区間を2、3年生の若い力で制するなど、昨年「史上最速優勝」を飾った早大の記録を実に8分15秒も短縮。異次元の強さを見せつけ、来季も東洋大時代が続くことをアピールした。

 東洋大が復路でもぶっちぎった。酒井監督、柏原主将らメンバーが待つ東京・大手町のゴール。アンカー斎藤が歯を食いしばり、鬼の形相で近づいてくる。最後は右手人さし指を立てテープを切った。掲示記録は「10時間51分36秒」。涙ぐむ斎藤を柏原主将ら4年生が温かく包み込む。歓喜の声を上げて笑顔で抱き合った。酒井監督、主将の柏原が宙に舞う。柏原人気から、周辺は黒山の人だかり。「おめでとーっ」。絶叫調で祝福の声が飛ぶ。往路に続き、復路も5時間26分51秒の新記録。往路5分7秒のリードは最終9分2秒まで開いた。その立役者は7区、設楽兄弟の弟悠太だった。

 小田原~平塚間の21・3キロを疾走した。ひたすら逃げた。苦しくなったら監督夫人がこしらえた右胸のお守りを握り締めた。20キロすぎ、酒井監督から「区間新いけるぞっ!」。その言葉に、一気にペースを上げた。1時間2分32秒。今や日本長距離界のエースに成長した日清食品の佐藤悠基(東海大)が、08年につくった記録を塗り替えた。

 悠太は「もともと記録に挑戦しようと思っていた。これまで啓太の背中を見てきたが、横一列に並べたと思う」。往路の花の2区で兄啓太が区間2位の記録で快走した。先行する早大を逆転し、そこから東洋大の独走が始まった。設楽兄弟によって東洋大は加速し、驚異の記録につなげた。佐藤コーチは「ウチでは一番の素材。まだ甘いからこのへんで収まっているが、3、4年たったらどれだけ強くなるのか」と言う。

 下級生台頭の裏には、酒井監督による「脱・柏原」の狙いがあった。エースへの依存体質が、昨年の21秒差負けの一因。上級生も下級生もなく競わせ、底上げを図った。選手間のコミュニケーションが密になるよう15人前後でA、B、Cとグループ分けし、伝達漏れがないよう徹底。3カ月ですぐ班を変え、新たな顔触れで組み直す。個性の強い4年生に引っ張られることで下級生の意識が変わり、地力がついた。

 チーム力が高まったことで、非情な決断も待っていた。4年の川上に代えて3年の斎藤を10区に起用。采配は的中し、斎藤は区間賞で応えた。実は酒井監督自身、4年時に同じ10区を下級生に取って代わられた。「後に自分の劣る部分に気付いた。外れたことで、また成長できることもある」。痛みを知るからこその采配だった。

 異次元の強さを発揮した今回。5区・柏原を除けば、5つの区間賞はすべて下級生によるものだった。酒井監督は「柏原がいなくなってどうしよう、ではいけない。日ごろから言い続け、指導してきました」。記録ずくめの箱根制覇とともに「脱・柏原」にも成功。もう山の神はいない。それでもまだ、東洋大の時代は続きそうだ。【佐藤隆志】

 ◆過去の圧勝 過去87回の大会で、総合優勝校と準優勝校の最大タイム差は1938年(昭13)に日大が2位専大につけた37分59秒。ただ戦前から戦後間もなくは、長距離部員が10人に満たないチームも多く、他部からの動員もあったため、20分以上の大差がつく大会が多かった。選手がそろい始めた近年は差が縮まり、最近20年では今年の東洋大の9分2秒差が最大差で、5分以上の差がついた大会は今回を含めて4度しかない。

 [2012年1月4日9時14分 紙面から]









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