「ひねり王子」が種目別跳馬でも「ひねって」銅メダルを獲得した。金メダルが期待された床運動で4位に終わった白井健三(19=日体大)が「シライ2」となる新技「伸身ユルチェンコ3回半ひねり」に成功。15・449点の高得点で個人初メダルを手にした。日本の跳馬での表彰台はロサンゼルス五輪でともに銀の森末慎二、具志堅幸司以来32年ぶり。「シライ/キム・ヒフン」をさらに半回転ひねる「攻めの体操」が大舞台で開花。20年東京五輪に向けて、最高の形でリオ大会を終えた。

 飛びだしそうになる右足をギリギリでラインの内側に収め、白井は右こぶしを突き上げた。後方宙返りの間に体を3回半ひねる大技。「1年のすべてをかけて跳んだ。練習で努力した分、運が回ってきたのかな」と満面に笑みを浮かべた。

 練習でも完全には成功していなかった。所属する日体大の監督でもある畠田コーチから「1歩ぐらい出るのは気にせずに」と言われて挑戦し、大舞台で初めて決めた。1本の得点なら全体トップとなる驚異的な15・833点。「自分でもびっくり。ラインオーバーしなかったのは初めて」。成功のカギは「開き直り、ですかね」と言った。

 前日の床運動。金メダルが確実視されたが「ラインオーバーを気にして」技が小さくなった。着地が乱れた。「金メダルをとらないと」という思いに大胆さを失った。この日は「挑戦者として、思い切りできた」。それが良かった。

 目標とするのは「攻める体操」。それが、よみがえった。13年に17歳で世界選手権床運動で優勝。同じ演技構成のままで臨んだ14年は連覇を逃した。「守りに入ってはダメ。常に攻めないと、進化し続けないと勝てない」。2本の平均点で世界選手権4度優勝のドラグレスク(ルーマニア)と並んだが、同点の場合はいずれかの跳躍で点数が高い選手が上位となる。19歳を支える「挑戦」が、表彰台につながった。

 床運動の失敗も引きずらなかった。4位に終わった後、内村に「不思議と悔しくない」と打ち明けた。返ってきた「自分が割り切れているなら、それでいいよ」という言葉に救われた。リオ五輪最後の演技へ気持ちは切り替わった。

 新技が国際体操連盟(FIG)に認められれば「シライ2」の名が付く。自身の名がつく技は5つ目。「全然気にしていない。FIGのプレゼントだと思っています」と素っ気なかった。24日に20歳の誕生日を迎える。「20代も勢いそのままに頑張りたい」。白井の視線はすでに20年東京五輪を向いていた。【荻島弘一】

 ◆白井健三(しらい・けんぞう)1996年(平8)8月24日、横浜市生まれ。3歳から体操を始める。12年アジア選手権種目別床運動で優勝。13年世界選手権同種目で男子史上最年少の17歳1カ月で優勝。15年に日体大に進み、同年の世界選手権で2度目のV。163センチ、54キロ。

 ◆体操の採点 難度をみるDスコア(演技価値点)と出来栄えをみるEスコア(実施点)の合計によって争う。Dスコアは技の組み合わせなどで決まり、技はA難度からH難度(男子の場合)でそれぞれ0・1点刻み(0・1~0・9)の点数が決まっている。跳馬の場合はそれぞれの技のDスコアがあらかじめ決められている。Eスコアは空中姿勢や着地で決まる。床運動と跳馬にはラインをオーバーした時に減点がある。

 ◆日本選手の名前がついた技 体操の新技は国際大会で成功させた人の名前がつく。白井は今回の新技が国際体操連盟から認められれば、5個目の「シライ」誕生となる。日本選手の名前がついた技は多く、鉄棒で塚原光男の月面宙返り「ツカハラ」、跳馬で山下治広の「ヤマシタ跳び」、笠松茂の「カサマツ跳び」がある。ほかにも鉄棒の「エンドー(遠藤幸雄)」、つり輪などの「ヤマワキ(山脇恭二)」、平行棒の「モリスエ(森末慎二)」など、採点規則には日本の名選手たちの名前が、ずらりと並んでいる。

 ◆伸身ユルチェンコ3回半ひねり 跳馬のユルチェンコ跳びは、側転から4分の1回転ひねる「ロンダート」で踏み切りに入る跳躍技。バック転のようにブリッジの姿勢で台を手で突いてから、後方宙返りする。旧ソ連の女子の名選手ナタリア・ユルチェンコが初めて成功させた。13年世界選手権で白井はこの技を伸身3回ひねりで成功させ、同じ大会で跳んだ金熙勲(韓国)と連名で「シライ/キム・ヒフン」と命名された。今回はさらに半ひねりを加え、国際大会で初めて成功させたため「シライ2」と命名される見通し。