ヤクルト、日本ハムの投手だった増渕竜義氏(30)は、右肘を痛めてからイップスに陥った。


 増渕氏 痛めた肘を気にしながら投げるようになってからですね。投げ方がよく分からなくなってしまった。それまでは「イップスなんて何?」と思っていたんですけどね。


2012年10月7日の広島戦で登板するヤクルト増渕
2012年10月7日の広島戦で登板するヤクルト増渕

 右肘を痛めたのはヤクルトに所属していたプロ6年目の2012年だった。シーズン終了間近の10月7日、神宮で広島24回戦を戦った。0-0の9回表に登板し、先頭打者に中前打を許した。次打者の送りバントが投手前に転がってきたため、捕球して二塁に送球した。


 増渕氏 悪送球だったんです(記録は犠打野選)。この時、右肘に違和感を覚えました。痛いとかじゃなく、何か変な感じです。あの感覚は自分自身にしか分からない。うまく説明できませんね。


 病院で検査を受けた結果、手術は回避できた。しかし、投球の感覚が戻らなかった。


 増渕氏 リリースするとき、力が入るタイミングが分からなくなりました。どう言ったらいいかな…。ボールを持っていても、投げる時にボールを持っていない感覚になるんです。肘先が分からない。指先に神経が回らない。そういう感じです。


 症状はマウンドから投球する時だけ出たという。


 増渕氏 けん制とかピッチャーゴロの処理は何ともない。普通にできました。いざピッチングをすると、頭の中でいろいろ考えてしまったのでしょうか。肘から先の感覚がなくなってしまいました。


 投げたボールが、あちこちに散らばることはなかった。


 増渕氏 筋肉でカバーしていたんでしょうね。ただ、球速は出ない。力が伝わらないから。


 右肘を痛めた翌13年は5試合だけの登板に終わり、14年の開幕直後に日本ハムへトレード移籍した。


 増渕氏 日本ハムにいた2年間はもがき苦しみましたね。投手コーチにも相談してアドバイスはもらったけど、感覚は人それぞれ違うでしょう。あれは自分で克服するしかありません。いろいろな方法を試しました。


 どんな方法だったのか。


 増渕氏 ネットスローとか、いい時のフォームを研究したり。あとは目をつぶって投げたりもしました。イップスって恐怖心でしょう。恐怖心は目からの入る情報から生まれる。だから、目をつぶってね。どこに投げなければいけないというわけじゃないから。あと、メンタルトレーニングもしましたよ。


 効果はあったのか。


 増渕氏 その日によってですね。投げられる日もありました。目をつぶって投げたら、うまくいったこともあります。それから、練習ではいいけど試合でダメとか。その繰り返しでした。


 結局、いい時の感覚は戻らないまま2015年オフに戦力外通告を受けた。27歳だった増渕氏は、トライアウトすら受けずに現役引退を決めた。


 増渕氏 可能性を信じてやるのも1つの道ですが、ボクの中ではそれがつらかった。自分の感覚で投げられない。それにプラスして、チームのためになれないわけですから。


 投球感覚の狂い…イップスがなければ続けていたのか。


 増渕氏 それは100%やっていたでしょうね。でも、何とか克服しようと、悔いを残さないように練習はしたつもりです。だから、それに対しての悔いはありませんでした。


身ぶりを加えながらイップスについて説明する増渕さん
身ぶりを加えながらイップスについて説明する増渕さん

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 増渕氏は今、上尾ベースボールアカデミーという野球塾で小、中学生を指導している。引退直後に「King Effect」という会社を設立し、野球教室や個人レッスンを始めた。昨年4月には「SAITAMA GO EVERY BASEBALL」という会社と共同事業という形で、アカデミーを立ち上げた。

 今度は指導者の立場でイップスに接した。


 増渕氏 気持ちの優しい子がなりやすいのかな。うちのスクールにもいました。4月に6年生になった小学生だけど、最初はビュンビュン投げていました。でも、チームで登板したときに自分のせいで負けてしまったり、暴投をしてしまった。そのうち「投げるのが怖くなった」と言うようになってしまいました。


 どう指導したのか。自身もつらい経験をした。イップスは、引退を余儀なくされる原因でもあった。


 増渕氏 その子の気持ちになって接しました。失敗を恐れる気持ちが強いのだからと、キャッチボールもピッチングも私が相手をしました。「暴投してもいいよ」「暴投は格好悪いことじゃないよ」と言い続けました。失敗を恐れず腕を振れるようにね。腕を振れるイコール思い切り投げる。体全体で、足を使って投げるということですから。


 その少年はステップすると、いい球を投げられたという。


 増渕氏 だからピッチングもステップスローで投げさせました。腕を振る感覚を思い出させたかった。その後に普通のピッチングをして、ちょっとおかしくなったら再びステップスローに戻る。メカニズムからフォームも直しました。


 効果はあったのか。


 増渕氏 今ではエースになって、試合でもいい投球が続いているようです。とにかく本人が頑張った。あとは練習でつけた自信が、確信になってくれればと願っています。


 小、中学生を指導する際、声のかけ方に気を配っている。


 増渕氏 うちのスクールでは、キャッチボールで暴投を放っても怒りません。投げ方を注意する子もいるけど、まじめで陰(いん)に入ってしまう子には何も言わない。失敗を恐れたら何もできません。「こうなったらどうしよう」と思っていては、いい投球はできない。バッターと戦っていませんからね。


 いつも選手たちに話す言葉がある。


 増渕氏 「練習では一番へたくそだと思え。試合では一番うまいと思ってやれ」とね。それで失敗したら、また練習すればいいじゃない。


 イップスが原因で引退した自身について「ボクは自分に勝てなかったんです」と振り返る。

 しかし、その経験が教え子たちに生きていく。そう考えれば、増渕氏にとってイップス経験は貴重な財産なのかもしれない。


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 次回は野手のイップス経験者に話を聞いてみたい。思わぬきっかけからイップスに陥ったという。(つづく)【飯島智則】