「ゼロ戦のマツ」こと、元日本ハム投手の松浦宏明氏(51)に質問された。

 ボールの縫い目は、なぜ曲線を描いているのか?


 松浦氏 中指と人さし指で長さが違いますよね。一直線だったら、一方の指にしかかからない。ボールの縫い目の山の高い方に中指をかけ、低い方に人さし指をかける。そうすれば両方の指で同時にボールに力が伝えられる。


ボールの正しい握り方を説明する松浦氏
ボールの正しい握り方を説明する松浦氏

 中心線から均等に、なおかつ縫い目も確認してボールを握ってみた。かなり時間がかかった。


 松浦氏 持ってみて、気持ちが悪いでしょう。指先の感覚って繊細だから、ちょっと変えただけでも気持ちが悪い。ただ、ここが狂っていたら、それをごまかすための動作になってしまう。スライダーをシュートでごまかす。動作もおかしくなる。空気抵抗が大きいからスピードだって上がりませんよ。


 イップスを研究しているうちに、ボールの握り方に気付いた。さまざま選手に握ってもらい、写真を撮影した。


 松浦氏 1000人以上のデータがありますが、正しく握っているのはアマチュアで1割程度です。指導者向けの講演で、約300人の指導者に握ってもらった。できていたのは2、3人でした。これでは正しい握りを教えられない。そもそもストレートの握り方をきちんと教えていないでしょう。ストレートの握りは誰でもできると思っている。ここがポイントです。


 手が小さな小学生の低学年は、薬指までボールにかけて握っている場合がある。


 松浦氏 それ自体はいいと思います。でも、手が大きくなった時、何も指導がない。ただ薬指を外すだけでは中心から大きくずれるでしょう。そこを矯正することなく、むしろ変化球を教えてしまう。力の伝達がうまくいかず、どんなに力を出しても100%のボールが投げられない。それを動作でごまかしていくうちに、頭と身体とでパニックが起きる。動作がよくなったら、むしろスライダー回転が出てきたとか。修正を重ねているうちに、分からなくなってしまう。イップスの大きな要因だと思います。


機械を使って中心に線を引いた硬式球
機械を使って中心に線を引いた硬式球

 イップスに悩む選手を指導する際、握り方をチェックする。


 松浦氏 そうですね。ただ、シーズン中に握り方を変えるのは難しい。先ほど言ったように、かなり気持ち悪いですから。別の部分を修正し、オフになったら握り方の調整に取り組む。そういう方法を取る場合もある。


 そこまで意識してボールを握っている選手がいるのだろうか。


 松浦氏 プロでも少ないですね。パワーポジションの位置に入った際の握りを見ますけど、ほとんどずれている。でも、メジャーでは正しい握りの選手がいる。例えばジーターなんか、きれいに握れていた。日本はゴロを捕る際にグラブに上からふたをして、そのまま握り替えますからね。メジャーはシングルキャッチが多いから、握り替える際に微調整できているんだと思います。


 直るものか。


 松浦氏 早い子で1カ月ぐらいかかるかな。1年かかった選手もいます。握った際の気持ち悪さがなくなれば、良くなっていきますよ。力の伝達がよくなるから。140キロ、150キロを目指していくなら直した方がいい。もし、スライダー回転をシュートでごまかして140キロ出たら、故障します。


 早い時期の矯正を勧めている。


 松浦氏 軟式のうちがチャンスです。中心部に線が入っているからマジックでなぞるだけでいい。硬式球は中心が分からない。私が持っているボールは機械で中心を計って引いたものなんです。


1988年7月の阪急戦で力投する日本ハムの松浦宏明投手
1988年7月の阪急戦で力投する日本ハムの松浦宏明投手

 ちなみに自身はどうか。正しく握れていたのか。


 松浦氏 私は無意識にできていましたね。誰に教わったわけではないのに。で、私に野球を教えてくれた父に握ってもらったら、縫い目に沿って持った。俗にいうツーシーム。それがストレートの握りだと思っていたって。僕自身ちょっとガッカリしましたね。小さい頃は、結構スパルタで教わったんですけどね。


 そう言って笑った。


 松浦氏 よくストレートあってこその変化球って言うでしょう。まさにそうですよ。だからね、きちんとストレートの握りを覚えること。それが先々、投げ方に迷ってしまわない原点ですよ。


 ボールの握り方は、多くの指導者が自身の選手経験から理解しているつもりだろう。だが、正しく指導できているか。そこは別問題かもしれない。

 逆に、選手経験がなくても指導できる部分だと思う。少年野球では、父親がコーチを務めるチームも多い。専門的な技術や戦術などは指導できずとも、基本であるボールの握り方を教えることはできる。

 それがジュニアアスリートの将来に役立ち、イップスを防ぐ手だてになるかもしれない。松浦氏の話は実践的で、非常に興味深い内容だった。


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 プロの指導者にも話を聞きたい。誰に聞くか? しばらく考えた末、権藤博氏(79)に取材を申し込んだ。

 現役時代は中日投手として新人で35勝、2年目にも30勝する活躍を見せた。だが、「権藤、権藤、雨、権藤」という流行語もできるほどの酷使で肩を痛め、投手寿命は短く終わった。

 中日、近鉄、ダイエー(現ソフトバンク)、横浜(現DeNA)で投手コーチを務め、1998年には監督として横浜を38年ぶりの日本一に導いた。また2017年のワールドベースボールクラシック(WBC)では侍ジャパンの投手コーチも務めた。指導者として輝かしい実績を持っている。

 何より、私に「イップス」を教えてくれた人物である。どうしても権藤氏から、イップスについて話を聞きたかった。(つづく)【飯島智則】