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野球の国から 高校野球編

 2018年夏、全国高校野球選手権大会(甲子園)が100回大会を迎えます。その記念大会へ向け、日刊スポーツが総力を挙げた連載を毎日掲載します。

新着コラム

広瀬(右)と小田氏

2年夏は、広瀬にとって高校時代のハイライトだったかもしれない。内外野と投手を兼任。広島大会1回戦で、広瀬を擁する大竹は府中と対戦した。広瀬が投げ、勝った。投げ合った相手は根来広光。後に国…[]

大竹高野球部時代の広瀬(後列左から2人目)

広瀬が大竹の野球部に入ったのは、1年の夏。広島大会が始まる直前だった。広瀬練習したのは1週間くらいやったと思う。といっても、本当に練習したのはそのうちの2、3日。打撃練習なんか1年にはさ…[]

広瀬(後方)は大竹高で学力も優秀だった。

1952年(昭27)4月、広瀬は大野町の隣にある大竹市の高校、大竹に進学した。中学時代に地元で注目を集めていた広瀬には、強豪の観音(現広島商)や地元の廿日市などから誘いがかかっていた。だ…[]

大野中ではエースで4番だった広瀬(前列右端)。チームメートらと宮島・厳島神社前で

広瀬が野球というスポーツを知ったのは、大野小(現大野西小)4年のときだった。広瀬アメリカ帰りの谷口先生という方が、体育の時間に教えてくれたんや。そこで初めてボールに触った。先生が投手をし…[]

大野小時代の広瀬少年

1945年(昭20)8月6日午前8時15分、広島に原爆が投下された。このとき、広瀬は広島市内から約20キロ西にある大野町(現廿日市市)にある大野小(現大野西小)にいた。なぜ、夏休みだった…[]

穏やかに高校時代の思い出を語る楽天星野副会長(撮影・宮下敬至)

1月に野球殿堂入りした星野は、ハレの壇上で意外なスピーチをした。自分のことは「大したことない」と言ってから「野球界はどうあるべきか、掘り下げて考えたい。我々はアマの卒業生。底辺を広げる。…[]

2004年11月、母校・倉敷商で後輩達に講演する星野仙一SD

星野にとって倉敷商の3年間は別格だった。半世紀以上前のことでも、追憶のかなたには位置していない。「野球人生で一番、思い出がある。だってホントの出発点だもん」。高校野球が自分の根っこにある…[]





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東京都選抜 初戦は3-7で黒星 キューバ遠征
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